小柴錦侍 KOSHIBA Kinji 更新日2016.6-18 いそがやトップページへ  いそがやアートCV103

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1889 明治22年

東京千代田区神田御玉ケ池に生まれる。 日本における石版印刷の創始者、小柴英(エイ)の次男 (3/24) 兄:英侍(ヒデジ) 

暁星小学校・暁星中学卒業
1911 明治44年 東京高等工業学校図案科を卒業
1912 大正1年 フランスへ留学 
1913 大正2年 モーリス・ドニのアカデミー・ランソンに入学
1915 大正4年 ルーブル美術館学校入学
1916 大正5年 参考書誌

十月二十四日附巴里発で青山熊治から手紙が来て先生の臨終の事を知らせて来た。先生は九月の始から保養の為めにノルマンデーに旅行されたが、病気が悪くなつて一時危篤と云ふのであつたが良くなられたので、十月十八日の日に巴里へ自動車で帰途に就かれた処で、又俄に病革り、十九日の朝ブリョンの旅館で没せられた。青山が小柴錦侍君と相談して、吾々旧門弟を代表して会葬し、花環を霊前に供へた。又在巴里の鹿子木氏は松井大使の名代として会葬されたと云ふ事である。米国雑誌の報道とは、没せられた日が違つて居るが、没せられた事は全く事実となつた。実に吾々は哀悼に堪えない。更に又先生の葬儀は十月二十四日学士会員其他の会葬あり非常に盛大に行れたと云ふ別報が来た。不幸の内のせめてもの心遣りである。(談)
  (「美術新報」16-2 大正5年12月22日) 黒田日記 「コラン先生の追憶談」 http://www.tobunken.go.jp/kuroda/archive/k_biblo/japanese/essay40122.html

1918 大正7年 参考書誌 掲載作品:凝視 掲載誌:美人画全集 洋画篇(下巻)発行:新潮社 (3/15)
1920 大正9年 帰国
参考書誌 小柴錦侍*美しき五月マリアの月 掲載誌:みづゑNO.189---11月号、帝展号
公募展 「第2回帝国美術院展覧会」
受賞 特選 「美しき五月マリアの月」 第2回帝展
1922 大正11年 公募展 「第4回帝国美術院展覧会」 
受賞 特選 「花つみて主の御母にささぐ」 第4回帝国美術院展覧会 *この作品は蔵前工業会買い上げ、如水会に寄付される。
参考書誌 小柴錦侍「花つみて主の御母にささぐ」 掲載誌:みづゑNO.213-11月号・帝展号 
参考書誌 小柴錦侍「花つみて主の御母にささぐ」 掲載誌:美術画報 四十六編巻一 口絵 (11/15)
1924 大正13年 参考書誌 小柴錦侍「凝視」 掲載誌:みづゑNO.237-11月号
参考書誌 「凝視」小柴錦侍 掲載誌:帝展傑作集 第5囘 [第5冊]第5回 発行:洪洋社
公募展 「第6回帝国美術院展覧会」 
1925 大正14年 参考書誌 「鑑賞資料 西洋繪畫 全三輯」 金山平三・田邊至・柚木久太・小柴錦侍共編 大日本圖書
1926 大正15年 公募展 「第7回帝国美術院展覧会」
受賞 特選 「卒世(いつも)やさしいサンタ・マリア」 第7回帝国美術院展覧会
「ポール・クローデル 肖像画」 制作  蔵:カソリック神田教会 三崎町/東京
1927 昭和2年 参考書誌 短詩集『百扇帖』 発行
1928 昭和3年 公募展 「第8回帝国美術院展覧会」 出品作品:あのんしあしをん(Annonciation 受胎告知)
1931 昭和6年 たまゐ孃(玉井小妹)/小柴錦侍/42 掲載誌:日治時期台灣小公學校美術教科書 「第二回-聖コ太子奉讚美術展覽會號」 東京大阪朝日新聞社
1933 昭和8年 参考書誌 「婦人畫報 第332号」 表紙:小柴錦侍 初山 発行:婦人畫報社 2月号
1932 昭和6年 参考書誌 「現代作家美人画全集 洋画篇 下巻」 掲載作品:「疑視」 発行新潮社
1934 昭和9年 参考書誌 圖案「花壇」 小柴錦侍   掲載誌:中学実用図画 3- 発行:美育振興会
1935 昭和10年 東文研資料 ・旧帝展第二部有志の声明 旧帝展第二部出品者の中、無鑑査たりし者を主とし特選を得た者をも加へた有志は、六月三日夜新橋花月に会合、前項の十六名より其の声明の趣旨を説明、一同之に賛し左記の通り六十七名の署名に成る声明書を発表した。
「今度の帝展改組は些々たる世俗の風評に動かされ、すでに政府が認めたる一国の最高美術諮問機関に何等図ることなく、一朝にして美術振興に関する実績と歴史とを蹂?した暴挙と思ひます。
故に私達はかかる信頼を置く能はざる組織の下に開催される展覧会には今後一切私達の製作を出品しない事に致します。
昭和十年六月三日 新橋花月に於て
旧帝展第二部有志(順序不同)
小林万吾、石川寅治、金山平三 田辺至、柚木久太、太田三郎 大久保作次郎、寺内万次郎、阿以田治修、中村研一、辻永、小糸源太郎 吉田苞、太田喜二郎、山下繁雄 緒方亮平、鬼頭鍋三郎、牧野虎雄 三田康、金沢重治、桑重儀一 松邨巽、鈴木誠、有岡一郎 吉村芳松、佐竹徳次郎、高村真夫 永地秀太、白滝幾之助、清水良雄 小寺健吉、跡見泰、耳野卯三郎 小磯良平、猪熊弦一郎、中西利雄 佐藤敬、北島浅一、三上知治 池部鈞、富田温一郎、新井完 佐分真、鈴木千久馬、橋本邦助 五味清吉、平岡権八郎、有馬さとえ 吉田博、河井清一、片岡銀蔵 中野和高、三宅克己、奥瀬英三 加藤静児、赤松麟作、大野隆徳 安宅安五郎、権藤種男、相馬其一 香田勝太、矢島堅土、伊原宇三郎 小柴錦侍、北蓮蔵、浜地清松 上野山清貢、以上」
1936 昭和11年 個展 小柴錦侍近作油絵展覧会」 日本工業倶楽部 丸之内/東京 (5/7-9)
    参考書誌 「近作油絵展覧会目録」 著者:小柴錦侍 
  参考書誌 婦人公論 第21巻第8号 中央公論社
参考書誌 「現代洋画大全集11」 掲載作品:初夏(小柴錦侍) 発行:アトリエ社
参考書誌 挿絵・小柴錦侍 「世界名作選(二)山本有三・選」 日本小国民文庫 15巻  発行:新潮社 (9月) 
参考書誌 「近作油絵展覧会目録」 図版13枚 ; 23cm 小柴錦侍
参考書誌 「滿谷先生を憶ふ」 文:小柴錦侍 掲載誌:美術11. p23〜25  発行:美術發行所 (9月)
参考書誌 表紙・扉=小柴錦侍 「北冥館物語」 中央公論社『ヂッケンス物語全集』第二巻 (11/25)
1937 昭和12年 参考書誌 装幀:小柴錦侍 「小女瑠璃子」 ヂッケンス物語全集:第4巻  発行:中央公論社 
参考書誌 「滿谷國四カ遺作展の會場にて」 文:小柴錦侍  掲載誌:美術12.p46〜48
参考書誌 「世界文藝大辞典 カット解説」 文:小柴錦侍 掲載誌:世界文藝第8号p.4-5 発行:中央公論社 (弊社蔵)
1938 昭和13年 参考書誌 「満谷翁画譜」 著:満谷国四郎, 小柴錦侍 発行:写山荘
1939 昭和14年 参考書誌 画装幀:小柴錦侍 「ルイ・フィリップの本小さな町」 著:ルイ・フィリップ 発行:中央公論社 1939
1940 昭和15年 「創元会」 設立メンバー
1941 昭和16年 公募展 5月に公募制に よる第1回展創元会 出品作品:マリアに告ぐ 
参考書誌 印行:小柴錦侍 「文明開化往来」アオイ書房10週年記念書窓版画帖十連聚其三  刊者: 志茂太郎 発行:アオイ書房 (12/15)

石渡ヨシ子,従姉妹に代わり小柴家に手伝いに入る。 (春頃) ※ 後に小柴錦侍の養女となって最後まで付きそう
(当時小柴家には横山マサユキという夫妻が同居(夫人は外国人、息子の名前はジャン・マリー)

1942 昭和17年 戦争のため紙・インクなど入手困難となり小柴印刷廃業 大番頭・永原市三郎氏(戦後、大倉陶園に長く務める)整理の中心となる。
神田東松下町から横浜山手に転居
1943 昭和18年 鎌倉材木座 光明寺の近くへ転居
1944 昭和19年 創元会 退会
1945 昭和20年 軽井沢に疎開
1946 昭和21年 駒込林町の久米信茂邸内にあった久米氏の息子さんの家を借りる。
「マリア像」 蔵:白百合学園
肺炎にかかる。
逗子 スペンサー家に泊まりがけで夫人の肖像画を描きに行く
1947 昭和22年 アリス夫人小柴氏と離婚 米軍人ベイカー氏と結婚してデンバーへ出国 (秋ごろ) 
アリス夫人のところに何点も作品を送る。
アリス夫人は小柴氏、ヨシ子さんが米国に出国出来るよう働きかけてくれる。 ヨシ子さんは学生ビザを取るところまで手続きが進んだが実現しなかった。
1952 昭和28年 アメリカ行が無理となったので、ゆっくり絵をかけるように軽井沢・土井晩翠氏の別荘へ転居 (夏) 
1955 昭和30年 軽井沢・星野別荘22号へ転居 
1956 昭和31年 個展 小柴錦侍作品展」 安藤七宝展画廊 銀座/東京 (11/18-23)
参考書誌 個展に寄せて 文:木村荘八  掲載誌:個展DM
1958 昭和33年 参考書誌 カット、挿絵:小柴錦侍 「愛の司祭」リュドヴィク・アレヴィ/山内義雄訳 角川文庫 
参考書誌 画,小柴錦侍 ・大沢昌助 「小さな町 フィリップの本」 発行:アルス日本児童文庫刊行会
1960 昭和35年 個展 小柴錦侍個展」 蔵前工業会館 5階ホール 芝新橋/東京 (4/4-9) 
真木病院(高崎市)にて直腸癌の手術を受ける (7月)
日本私立学校振興・共済事業団下谷(シタヤ)病院 (台東区根岸3-12-40/東京)へ転院 (11月) ※ 放射線治療のため
ヨシ子 小柴錦侍養女となる (我妻榮夫人の口添えとのこと。 小柴氏逝去の後、しばらくヨシ子さんは我妻家のお手伝いに入る)
受洗 下谷病院にて。 ホイベル神父(イグナチオ教会) 代父:長谷川路可  (受洗に立ち会った長尾喜和子による)
1961 昭和36年 帰天 (3/24 72歳のお誕生日だった) 葬儀は四谷のイグナチオ教会で行われた。 墓所は谷中霊園
1977 昭和52年 小柴錦侍17回忌 参加者:天木ヨシ子・永原市三郎・長尾健一・喜和子 (4/3)
1982 昭和57年 アリス夫人逝去 
1983 昭和58年 グループ展 「帝展回顧展」 銀座松屋 銀座/東京 (11/11-23)
参考書誌

カタログ 「帝展回顧展」  p.86 「La Damu aux Roses」 昭和5年 (アリス夫人モデル)

1997 平成9年 参考書誌 岩瀬行雄,油井一人 編 20世紀物故洋画家事典 美術年鑑社 (3月)
1998 平成10年 参考書誌 挿絵 「蜜蜂マーヤの冒険」 ワルデマル・ボンゼルス作 日本少国民文庫 世界名作選(2)p.249-321 ロルデマル・ボンセルス発行:新潮社
2010 平成22年 参考書誌 「フランス駐日大使の俳句と日本の書-二十世紀の詩人ポール・クローデル「百扇帖」をめぐって」 文:芳賀徹(東京大学名誉教授) 掲載誌:全日本書道連盟会報128号p.15 

* 昭和16年以後の出来事は主に上林喜美子が天木ヨシ子(旧姓小柴)氏にインタビューしたものを基に記している。(2007.9/15、2012.5/1、7/6)

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