かげぼうし    

山や川をかけ巡り、生き物を見つけた時は嬉しくて、恐る恐る手を伸ばしてみる。
はかなげに見えた小さな体、そっと触れた指先から伝わった、意外な力強さ。
あの時の驚きや憧れは、「かげぼうし」となって心の中に生き続けています。
そして、ぴょんと飛び出してくるのです。    

                           村田佳彦

 

小さな手のひら  

 

砂地に半球状の穴を掘り、静かに漆を注ぐ◆漆が硬化した頃合を見計らい、慎重に発掘する◆前代未聞の「砂胎漆器」である◆美大時代を通じて、そんな事をクスクス笑いながら繰り返していた◆やがて段取りが分かって来て、もっと入り組んだ形の、コビトの椅子や家や都市なども、砂と漆で作った◆それを見てクスクス笑っていた人たちは、てっきり彼の卒制も「砂胎」なんだろうと考えていた◆ところが、夏休み前の口頭試問に提出されたのは、更に奇妙なものだった◆それは複雑な形に削り出された、小さな数個の木地だったのである◆「これを、どうしたいんだ?」と、先生は小声で尋ねた◆「漆を塗って、加飾します」と、答えも小声だった◆息の詰まるような時間だった◆実は毎年、石川県立美術館で日本伝統工芸展を見学していた◆一点一点を真面目な顔で見て、自分は「伝統工芸みたいな技法」(呂色仕上や螺鈿や平文など)をキチンとやってないなあ、と思っていた◆だから卒制でやってみよう、と決めたのである◆普通の学生なら、「だから卒制で」とはならないだろう◆これきり漆は止めにしよう、と彼は考えていたのだ◆最後と思い切っていたからこそ、作りたいものがあった◆少年時代に大好きだった昆虫や爬虫類である◆夢中で手を動かしたいと願っていた◆ノートにびっしりと「なぞの生ぶつ」を書き込んでいた小さな頃のように◆そのノートは恥ずかしくて恥ずかしくて、誰にも見せる事が出来ず、五年生の時に捨てた◆記憶の暗がりで、古い陰画のようにひっそりとしていた生き物たち◆以上が村田佳彦さんの連作『かげぼうし』誕生に至る経緯である◆子供のポケットみたいに、この話には色々なものが入っている◆譬えれば、小さな真鍮の鍵◆死んだカナブン◆ネジ◆唐突ではないが、もちろん対とも言えない◆齟齬であり、調和でもあるように、小さな手のひらの上に並ぶ◆そんな取り合わせの由来についてなど、誰も考えた事がないだろう◆余りに他愛がなく、かえって捉え処ない問い◆どんな分類だろうが、「その他」に容れられてしまうようなものたち◆そのようなものたち、子供のポケット、その小さな手のひらを、「工芸」と呼んでみても良いかもしれない◆この上もなく他愛なく、この上もなく繊細な児戯◆失語のかなしみ、没我のよろこび◆或る種の芸術は、そのようなものでしかないが、そのようなものであり得る。

 

                           藤井素彦 (近代日本造形文化史)