シーラ・ヒックス近作展

−糸のスケッチ−

Thread Sketches

Sheila Hicks

Recent Works

97.3/3-21

  

空間の作家

シラ・ヒックスはこの30年間、いつでもテキスタイルの分野で革新者として活動し続けてきた。その作品は、伝統的な壁掛けと似ても似つかないのは当然としても、今日的な、ファイバー・ワークのなかでも、常に先端的傾向を指し示してきた。

しかし,その外見的新鮮さから、ヒックスの作品をファイン・アートとして理解することは、この作家を二重の意味で誤解することになる.というのも、そのひとつにはヒックスの作品はどれをとっても、織物の伝統的な手法からインスピレーションを得ているからである。

ヒックスは、1957年に米国エール大学のデザイン学科を卒業するとすぐにメキシコに移り、その後、インカをはじめとする中南米や、インド,モロッコを旅しているが、これらはいうまでもなく、織物が古代から蓄積してきたボキャブラリー(手法とそこから必然的に生ずる形状)を発見するためだった。その作品に見られる,独自で観念の産物らしき形態も,実は,世界各地に伝わる糸の絡め合わせ方を基本にしているのである。

もうひとつ誤解してならないのは、ヒックスの作品は、狭い意味での現代美術のように、真っ白く塗られた美術館や画廊を終の棲家とは見放していないということである。 どうして,あるいは、なんのために、作品がそこにあるのかということ、つまり作品とその設置場所との脈絡に、ヒックスは無関心ではいられない。

これに関連して、作家が語った言葉は忘れがたい。自作がどこで見られたいかといえば,ショッピングセンターのような殺伐とした所は嫌いだ、あそこには商品と人以外何も無い、と彼女は言う。最もショッピングセンタ−にあふれた国で育った人間が、そこを拒否しているのだ。

作品が設置されるべき公共の空間への関心と、しかし目前の日常空間に対する失望。すなわちアメリカの現実に対する両義的な気持ちは、ヒックスを自ら理想とする設置場所の確保、さらには、相した場所の創出へと駆り立てずには措かなかった。1965年以降,制作の本拠地がパリに移されたのも、彼女の重要な作品が、建築家との共同作業としてデザインされたビル内の空間に多いのも、これと無関係でない。

この作家は、既成の場所を演出するのではなく、場所そのものを創出するという意味において<空間の作家>なのである。

東京国立近代美術館 主任研究官

樋田 豊次郎